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第3回平和構築フォーラム・セミナー議事録

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第3回平和構築フォーラム・セミナー
「平和構築に向けてODAを如何に活用すべきか」
2006年7月26日(水)
於:キャンパス・イノベーション・センター(東京地区)

【発表者】
品田光彦(外務省経済協力局国別開発協力第2課首席事務官)
不破雅実(JICA社会開発部調査役(平和構築担当))
小向絵理(JICA社会開発部嘱託)
福田幸正(JBIC開発金融研究所主任研究員)
工藤正樹(JBIC開発金融研究所専門調査員)

【議論のポイント】
●日本のODAは50年以上の歴史があるが、平和構築への関わりは十数年に過ぎない。始まりは、東西冷戦体制の崩壊で、民族対立、宗教対立、文化の違い等により、地域紛争や国内紛争が頻発した。開発のためには平和は必要不可欠な前提条件であり、ODAが平和構築に深く関わるようになった。更に、9.11テロ事件が起こり、このような傾向が強まった。ODA大綱でも、重点課題として、貧困削減、持続的成長、地球規模問題への取り組みと並んで平和構築が掲げられている。
●平和構築支援とは、「紛争発生及び再発の予防を視野に入れ、紛争によって破壊された社会・経済・人々の生活を再生し、持続可能な開発に結びつけていくプロセス」であるのに対し、人間の安全保障は「状況が悪化する危険性(ダウンサイドリスク)から人々を保護し、人々が問題に対処する能力育成を行う」ことである。この双方を視野に入れて、国全体のニーズアセスメントなど上からの支援と、保護や自立能力強化など下からの支援を同時に行い、ツールを組み合わせることで、大きな効果を生む。
●「継ぎ目のない支援」に「節目」があるとすれば、紛争直後の緊急人道支援から復興支援への円滑な移行のみならず、紛争経験国が円借款を借り入れて開発事業を実施できるところまで到達する時点も重要である。また、円借款は、途上国側に返済義務と事業実施責任を課すため、開発事業の実施を通じて国づくりに必要な様々な能力が培われる。長期的な視野で円借款を位置づけ、先行する無償資金協力や技術協力にもそれを見据えた手立てを組み込むなど、一層の戦略性が求められている。
●日本の援助の強みは、無償、技協、円借款など様々な手段を持ち、状況に応じてこれらを組み合わせて「継ぎ目のない支援」ができることである。これは、平和構築支援にとっても有効である。

1.平和構築とODAとの関わり(品田外務省経済協力局国別開発協力第2課首席事務官)

(1)今日は、「平和構築とODAの関わり」というテーマで話したい。まず、平和構築支援の対象となるような破綻国家の人たちが、援助がくるのが当然と思い、援助漬け、援助依存症になってしまわないように注意すべきという点から話を始めたい。先日、アフガニスタンの行政府関係者(地方の市長、助役等)10名程を招待して、2週間ほど日本を視察してもらうプログラムを担当した。一行が外務省を訪問した際、日本がアフガニスタンにどのようなODAを供与しているか説明した。皆、先日まで戦闘していたような風貌であった。説明の途中で、会議室が蒸し暑いと文句を言い出した。私からは、エアコンは動いているが省エネのため弱くしているだけであり、そのように節約して捻出したODAで支援をしている旨述べた。彼らはなるほどと頷いていた。しかし、説明が終わった後で、アフガニスタンの地方の行政官が私のところにやってきた。何かと思えば、アフガニスタンの市役所も夏は暑いので、自分の執務室にODAで空調設備を作ってほしいという要望であった。

(2)また、平和構築には、実際に命に関わるオペレーションがあることを念頭に置く必要がある。昨日の朝、イラクのサマワに駐留していた最後の陸上自衛隊の部隊が帰国した。サマワのあるムサンナー県では、自衛隊とODAが連携して、2年半に亘り支援を行ってきた。死者も出ず無事に帰ってきた。その理由はいくつかあるが、一つはムサンナー県の治安が比較的安定していることである。日本が自衛隊を送ることを決めたのは、亡くなった奥大使と井上氏である。イラク各地を回った上で、東京にそのような意見具申をした。自衛隊は無事帰ってきたが、その陰にはこのような犠牲があった。

(3)以上はエピソードということで、本題に入りたい。日本のODAは50年以上の歴史がある。しかし、平和構築への関わりは、十数年に過ぎない。始まりは、1980年代の終わりから1990年代初めの東西冷戦体制の崩壊である。そこで、民族対立、宗教対立、文化の違い等により、地域紛争や国内紛争が頻発するようになってきたからである。現象面では、難民や国内避難民が大量に発生した。これは多くの場合、開発途上国であった。開発のためには、平和は必要不可欠な前提条件である。このため、ODAが平和構築に深く関わるようになった。更に、9.11テロ事件が起こり、このような傾向が強まった。現在では、ODAの重要な目的の一つが平和構築となっている。

(4)ODA大綱は2003年8月に閣議で決定された。ODA基本法がないので、ODA大綱が一種のバイブルになっている。これは外務省のウェブサイトにも掲載されている。その中に、ODAの重点課題という項目があり、貧困削減、持続的成長、地球規模問題への取り組み、平和構築の4点が掲げられている。このうち、平和構築のくだりでは、「開発途上地域における紛争を防止するためには、紛争の様々な要因に包括的に対処することが重要であり、そのような取組の一環として、左記のような貧困削減や格差の是正のためのODAを実施する。さらに、予防や紛争下の緊急人道支援とともに、紛争の終結を促進するための支援から、紛争終結後の平和の定着や国づくりのための支援まで、状況の推移に即して平和構築のために二国間及び多国間援助を継ぎ目なく機動的に行う。」と書いてある。以上が基本的な考え方である。このうち、「継ぎ目なく」との点がポイントだと思っている。

(5)実際のツールとして、日本のODAの形態には、(イ)二国間援助と(ロ)国際機関に対する出資・拠出がある。二国間援助には、(a)無償資金協力(一般無償、日本NGO無償、緊急無償、文化無償、草の根・人間の安全保障無償など)、(b)技術協力(研修員受け入れ、専門家派遣、プロジェクト技術協力、開発調査、青年海外協力隊派遣、シニア海外ボランティア派遣、国際緊急援助隊派遣)(c)有償資金協力(プロジェクト借款、ノンプロジェクト借款、債務繰延など)がある。我々は、平和構築のための継ぎ目ない協力のために、いろいろなツールを使う。

(6)オペレーションとして具体例を挙げれば、(イ)人道・復旧支援では、和平プロセス促進、難民支援、基礎生活基盤の復旧、(ロ)安定・治安確保のための支援には、DDR(元兵士の武装解除、動員解除、社会復帰)、地雷除去、(ハ)復興支援には、経済社会開発、政府の行政能力向上などがある。

(7)具体的な対象国・地域として、平和構築のためのODAを供与しているのは、イラク、アフガニスタン、スーダン、カンボジア、コソボ、東ティモール、パレスチナなど様々なところがある。

(8)まずイラクについては、イラクのみならず中東全体、世界全体の安定にとって大切だ。また、石油資源の豊富な国であり、日本は石油資源の9割を中東に依存しているので、国益上重要である。このために対イラクODAを行っている。これに対して、陸上自衛隊による復興支援はODAではなく、イラク特措法に基づく活動である。

サマワの陸上自衛隊の駐屯地には、5人の外務省員がサマワ事務所に勤務している。彼らがODAを担当している。自衛隊による人的貢献とODA支援が、「車の両輪」として連携する形で行われている。2003年10月にマドリッドでイラク復興国際会議が開催された。ここで、日本は50億ドルの支援を表明した(うち、無償資金協力15億ドル、円借款35億ドル)。日本のODA支援は、年間約90億ドルである。50億ドルがいかに大きな数字か理解いただけよう。

サマワでは、給水、電力、医療・保健、教育を支援してきた。サマワのあるムサンナー県では、15億ドルのうち2億ドルの支援を行っている。ムサンナー県の人口はイラク全人口の50分の1なので、全国平均より大きな割合の支援を行っている。

また、NGOを通じた支援を、ジャパンプラットフォーム傘下のNGOに対し、主に医療や教育について供与している。また、外国のNGOを通じても供与している(フランスのNGOへの給水車支援など)。日本のNGOは、現地のイラク人スタッフと相談しながら、ヨルダンやクウェートから支援する場合もある。

(9)アフガニスタンについては、20年以上の内戦を経験した後、9.11テロ事件後の軍事活動を経ている、破綻国家の典型である。2002年1月に東京で、2004年4月にベルリンで、それぞれ会議を行った。日本の支援総額は10億ドルであり、政治プロセス・治安・復興を支援した。特に治安は、DDR、治安、警察など、復興は道路インフラや病院などを対象にした。日本の10億ドルの支援は、昨年11月に達成した。その過程で、2004年11月にはカルザイ大統領が当選し、2005年12月には国会が開会してボン・プロセスは終了した。日本は、本年2月のロンドン会議で、これまでの10億ドルに加えて、更に4.5億ドルの支援を表明した。

そのもとで、DDRを行っている。これは、元兵士の武装解除、動因解除、社会復帰を指す。日本はDDRを主導し、「売り」の一つとなった。対象は6万人ほどいる。現在、アフガニスタンではDIAG(非合法武装組織の解体)が課題であり、今これに取り組んでいる。

本年6月にアフガニスタンの「平和の定着」に関する第2回東京会議を行った。その際、難民・国内避難民の水、学校、農業、灌漑設備など様々なものが必要であり、このために地方の総合開発が求められていることが改めて認識された。これが緒方イニシアティブである。

最後に、幹線道路について、カブール・カンダハル・ヘラートの西部を結ぶ道路に貢献している。だいぶ先のことになるが、長期的な輸送ルート構想もある。

(10)スーダンは、紛争がまだ続いている国の例である。アフリカの中で一番大きな国であり、ダルフール地域だけでもフランスより大きい。南北紛争については、昨年1月包括和平合意ができ、同年4月にオスロ支援国会合が開催された。日本は同会合で1億ドルの支援を表明した。マルチでは食糧、感染症、難民・避難民支援を国連諸機関経由で行い、バイではコミュニティ支援や人材育成が中心である。

ダルフール紛争については、本年5月に和平合意が結ばれた。同月に小泉総理はアフリカ連合(AU)を含むアフリカを訪問した。日本は人道支援に加え、AUの活動(AMIS)支援を行っている。

(11)以上のような支援を行う上で、最大の課題は、治安の確保と、援助受け入れ側のオーナーシップの強化(援助漬け、援助依存症にならないようにすること)である。


2.JICAの平和構築支援に対する取り組み(不破JICA社会開発部調査役(平和構築担当)・小向JICA社会開発部嘱託)

(1)冷戦後の紛争の特徴は、国内紛争が増加していること、途上国で頻発していること、そして紛争要因が多様化していることである。紛争があり、終結して、復興支援をするという単純なことではなく、かなりの割合で紛争が再発している。具体的には、紛争経験国の44%で、和平締結後5年以内に紛争が再発している。例えば、東ティモールは小さな国であるが、あのような形で紛争が再発した。紛争要因も多様化し、それが混合している。

(2)次に、平和構築支援と人間の安全保障の関係を考えたい。平和構築支援とは、「紛争発生及び再発の予防を視野に入れ、紛争によって破壊された社会・経済・人々の生活を再生し、持続可能な開発に結びつけていくプロセス」である。人間の安全保障は「状況が悪化する危険性(ダウンサイドリスク)から人々を保護し、人々が問題に対処する能力育成を行う」ことを重点としている。状況が悪化する危険性、あるいはダウンサイドリスクに直面している人たちに対しては、まず保護が必要である。しかし、単に保護するだけではなく、問題に自ら対処する能力育成を行うことが必要である。その前提として、人々が、直面しているリスクを十分に理解した上で、支援の行動を起こす必要がある。

(3)平和構築支援の事例としては、JICAの場合、復興支援が一番多くなる。スマトラ・インド洋津波への対応を例にすると、地震の翌日の国際緊急援助隊派遣など迅速な緊急支援から開始し、中長期的な復興・復旧支援まで、切れ目のない支援を行った。

その中で、スリランカ北東部のトリンコマリー県では、被災者の再定住のための恒久住宅「日本・スリランカ友好村」をわが国政府が整備するための支援を行った。このとき、阪神淡路大震災の教訓とされた「自助・共助・公助」の考え方を活かし、民族対立の影響を受けるタミールとムスリム双方の融和を図りながら支援した。先方政府からは、急いで恒久住宅を整備してほしいとの要請があったが、JICAとしては、日本国内の災害復興の経験を説明し、コミュニティが分断される危険性がある場合にはどうやって悪影響を軽減できるかを考えた。

北東部ではシンハラ人、タミール人、ムスリム人たちが、内戦の中で住む領域を作ってきたが、今回の津波被災後の強制移動政策で、住み分けの一部はリシャッフルされることになった。JICAとしては、被災民がテント村や仮設住宅に住まう時期から様々な支援を行いながら、住民の実態や情報を把握し、どの土地に誘導するのが適当かを考えることが重要であると考えた。その過程で、住宅のハードだけでなく、人々の生活再建を支援することを目指した。土地の制約からモスリム人の地域にタミール人を誘導する計画になったために、民族対立を住民同士が乗り越えるためのセミナーを行い、その過程で外部の政治的な影響を如何に回避するか等、住民自身が話し合って工夫する提案が生まれた。

こうした活動を通じて、人々の保護と能力向上を核に、復興支援のための様々なツールを組み合わせ、市街地整備、住宅整備、農漁業などの産業復興、更に生活の再建支援を同時並行的に取り組んだのが特徴である。

また復興支援ニーズ調査については、国全体のニーズアセスメント調査に参画すると同時に、被災民の保護と自立能力強化を念頭において県レベルでの下からの具体的な支援ニーズ把握を同時に行った。復興支援のツールすなわちスキームを組み合わせ、ニーズに対応させて実施計画を作ることにより、大きな効果を生む経験を得た。その中でJICAができるところは限られていることも自覚しているので、ハードのインフラ系とソフトをうまく組み合わせる支援活動の経験を積むことを考えながら活動している。

(4)紛争後の復興支援の例として、ボスニア・ヘルツェゴビナ(BiH)復興支援を取り上げたい。多くの活動の一つとして、1998年から2000年まで、運輸セクターのマスタープラン計画調査を実施した。BiH国内には、北東側にセルビア人のスルプスカ共和国、南西側にムスリムとクロアチア人のボスニア・ヘルツェゴビナ連邦という両エンティティがある。和平合意から3年程度の時間が経っていた当時、両エンティティ間の対立が顕著で、協力して国レベルの交通網整備計画を策定すること自体が大きなであったため、中立的な第三者である日本に対し、本件の要請があったと理解している。BiH国内の幹線道路網を整備することが重要な部分だが、ルート選定に際しては各エンティティの行政当局が議論して、双方に利益が配分されるルートを選定するための議論を行って最終合意に至るようなプロセスを踏んだ。このようなプロセスを通じて運輸交通マスタープランを策定した結果、和解促進はこの案件のいわば裏看板(副次効果)となったと認識している。

(5)人道援助と開発援助の間のギャップについては、単純な問題でなく様々な課題があると認識しているが、JICAなりの実践努力を紹介したい。スリランカの被災住宅村の支援では、人道援助活動をJICAが部分的に開始しながら、住民のリスク・課題を把握しつつ、開発につなげる活動をJICAだけで試みたものである。

一方、人道援助機関であるUNHCRとJICAが協力して当たった事例として、チャドのスーダン難民キャンプ周辺村落支援を取り上げたい。貧しい地域に難民が流入すると、当該地域の稀少な水資源・森林資源等を費消するため周辺村落に大きな負担を強いることがある。そのため、UNHCRが難民キャンプを担当する一方、JICAは難民キャンプ周辺村落のコミュニティ開発、並びに中長期的支援として住民参加型の農村開発により貧困削減と食糧確保を図るための村落開発計画を策定している。

また、スーダン南部では、UNHCRは、ウガンダなどに流出した難民がスーダンに帰還するための支援を行っているが、帰還民の情報をUNHCRから得て帰還先のコミュニティ支援と一体的に帰還民再定住支援をJICAが実施している。スーダン南部でJICAは緊急生活基盤整備を行っているが、安全配慮義務もありJICAはジュバ市内に限定して活動している。この場合は、ジュバ市郊外に展開しているUNHCRとJICAは相互補完的に事業を行っている。

JICAは、緊急ニーズへの対応として、河川港整備、給水整備、コミュニティ支援などを行っているが、このような形で様々な支援ツールを組み合わせ、人道援助機関と連携することもノウハウになると思う。今回のセミナーでは外務省・JICA・JBICが如何にして支援ツールを組み合わせて効果を挙げるかを議論しているが、ベストミックスを検討するための材料としてJICAのケースを紹介した。更に、議論を深めていただきたい。

(6)次に、平和構築支援のJICA課題別指針を整備しようとしているところ、類型化の議論等、組織内で検討中のものを披露しつつ、皆さんと一緒に考えたい。国により紛争要因や行うべき支援も違うので平和構築支援を普遍化するのは難しいが、背景を簡単に説明したい。当たり前であるが、開発援助が実施する支援は、平和構築支援全体の一部に過ぎない。軍事・政治も主要な役割を果たす。開発援助が平和構築支援の構成要素として特に意識されはじめたのは冷戦終結後、最近10年程度である。人の派遣が伴う協力については、治安が確保された地域で、限定的な役割を果たすにすぎない。

(7)紛争があると周辺国支援、復興支援が考えられるが、全て対応できない。個々の状況によって必要とされる支援が異なるので、ある程度類型化をして準備できるように整理している。ODAの実施機関なので、日本政府の外交政策も濃淡を決める大きな要素である。外交政策は、紛争が起こる前までの対象国への政策に加えて、紛争後の国際社会(他の先進国や国連等)の対象国への支援に対するスタンスを踏まえて決定されていくと考える。これに加えて、実際に人材が派遣することを考えると、治安状況も勘案する必要がある。

(8)日本政府のコミットメントの強弱と、現地へのアクセス(治安)の可否を縦横の軸にとって類型化を試みている。日本政府のコミットが強いが治安が悪い場合には、遠隔操作での協力、本邦や周辺国での協力の検討(研修等)、現地入りのタイミングの見極めが課題である。他方、現地へのアクセスがあるが、日本政府のコミットメントが小さい場合には、限られたリソースの中でなるべく効果的な投入を考える。日本政府のコミットメントも大きく、現地へのアクセスもある場合には、国内関係者と現地ニーズを調整すること、そして国内からの高い期待にどのように応えるかというフィードバックに留意する必要がある。

(9)また、平和構築支援が行われている国・地域について、4つの類型化が可能である。すなわち、和平の枠組みが成立した国・地域(カンボジア、東ティモール、アフガニスタン等)、局地的な紛争を抱えている国・地域(スリランカ、ミンダナオ等)、近隣で武力紛争が発生している国・地域(スーダン難民受入国であるチャドへの支援等)、武力紛争が沈静化していない国・地域(イラク等)である。なお、この4つの類型化は固定したものではなく、アフガニスタン、東ティモールやネパールに見られるように、状況は流動的である。

(10)平和構築支援の例については、1999年からJICAの支援の方針作りが始まり、2003年には課題別指針が出来たが、その後の状況も踏まえ、現在改訂中である。ODAの中期政策の整理に従って、社会資本の復興、経済活動の復興、政府の統治機能の回復、治安強化を支援分野として考えているが、これらの協力を行う中で紛争予防配慮の視点を持つことが課題である。

(11)支援を行う上で留意すべき事項として、迅速かつ継ぎ目のない支援、社会的弱者への支援、政府に対する支援とコミュニティ・人々に対する支援、周辺国・地域への支援、紛争予防・再発防止への配慮などが挙げられよう。取り組みの方向性としては、より迅速に支援を開始すること、包括的・統合的協力を実現すること、紛争予防配慮強化することなどが挙げられる。JICAでできることは限られている。関係機関(国内省庁、NGO、大学、援助機関、国際機関等)との情報共有と、紛争・平和とのインプリケーションを考えることが大事である。

(12)最後に、平和構築アセスメント(Peacebuilding Needs and Impact Assessment=PNA)について説明したい。紛争予防配慮や再発防止を具現化するために、平和構築アセスメント手法というツールをJICAは開発した。これは、紛争の要因や再発要因、復興時の特有のニーズに包括的に対応し、事業に反映させるものである。現在までに20カ国程度について行い、執務参考資料という形としている。これは、手法が確立しておらず試行段階にあるため、そして情報管理に気をつける必要があるためである。自分としては、紛争の背景にある要因、紛争経験国・地域特有のニーズ、平和を促進する要因(明るい材料)の3つの視点から支援を考えたい。この手法はカナダ、英国、国連等でも開発が進んでいる。ツールの中身は、国レベルやプロジェクトレベルで6つの段階を踏むこととしている。

(13)PNAの具体的活用方法として、4つの例がある。第一に、紛争中や収束の兆しが見えた段階で、支援開始を見据えて国レベルの分析を実施するもの(アフリカ大湖地域、リベリア、スーダン等)。第二に、より本格的な平和構築支援の準備をするために国レベルの分析を実施するもの(ルワンダ、アチェ、ミンダナオ、スリランカ等)。第三に、平和構築支援を実施してきた国をレビューするもの(カンボジア、東ティモール、ボスニア・ヘルツェゴビナ等)。第四に、平和構築地域戦略を策定するもの(中東地域、アジア地域等)。今後、更に検討していきたい。


3.JBICの平和構築支援への取り組み(福田JBIC開発金融研究所主任研究員・工藤JBIC開発金融研究所専門調査員)

(1)JBICとは何か。これは、「開発途上国・地域の経済・社会開発、経済安定に寄与するための貸付等を行う全額政府出資の銀行」である(海外経済協力業務)。

(2)それでは、円借款とはなにか。これは、「道路や橋、電力、灌漑、上下水道といった経済社会基盤整備、公害防止、植林などの環境保全事業、農村や地方開発事業などに対して長期・低利の円資金を貸付け、開発途上国の自立を促す有償資金協力(日本のODAの一形態)で、JBICが実施するもの」である。

(3)円借款の特徴としては、次の点が上げられる。
●まず、長期・低利な公的開発資金貸付であり(最長40年、最低金利0.01%)、一件当たりの金額が大きい(十数億円から数百億円)。基本的にアンタイド。
●借り入れ国側に返済義務と事業実施責任を課すものである。
●「円借款受け入れ能力」のある国に提供するものである。これは、返済能力、債務管理能力、財政管理能力、事業実施能力、事業運営能力、組織運営能力、問題解決能力、評価能力など、(一定レベルの)総合的能力を求め、また培うものである。これは、経済的自立を目指した主権国家としての必須能力でもある。まさに、借りることにより、国づくりに必要な能力が培われていく。また、真剣な事業遂行意識、コスト意識、自助努力(オーナーシップ)の精神を醸成するものである。
●長期にわたる日常的実務関係を通した政策対話が行われ、技術移転効果もある。政策の改善が期待でき、紛争予防にも効果が考えられる。
●規模が大きいこともあり、自ずと国際機関、他の二国間ドナー等との援助協調が必要になる。また、相手国のマクロ/セクター政策の中での位置づけを確認することが必要となる。アラインメント、調和化も今に始まった話ではない。
●援助依存から市場資金調達への橋渡しの役割。
●更に、長期に及ぶ日本の真剣な関与の証でもある。

(4)JBICの平和構築支援について、現在の政策枠組みは、ODA大綱、ODA中期政策、JBIC実施方針である。更に、分野別業務実施指針を今後強化したい。JBICの支援ツールは、円借款に加え、SAFなど調査によるソフト支援ができる。また、以上のような円借款業務を通してJBIC職員にも総合的な能力が培われるものであり、そのような人材を紛争経験国等に派遣している(JICA専門家として、あるいは国際機関への出向等)。円借款による支援実績としては、スリランカ、ミンダナオ、ボスニア・ヘルツェゴビナ、イラク等がある。

(5)ここで、具体的な事例として、スリランカについて説明したい。

JBICの支援では、円借款・調査・人の派遣といった諸手段を組み合わせている。例えばスリランカでは、まず机上・フィールド調査を行い紛争の要因と支援のインパクトなどを把握した(要因・影響分析)。さらに現地でのワークショップ開催などを通じて、そうした知識や知恵を関係者の間で共有した(情報の共有)。

次は、実際の案件の概要を説明したい。ここでのポイントは以下の3点である。第一に、紛争の構造的な要因としては経済格差がひとつの課題であったので、その緩和につながるような事業を実施した。第二に、配慮事項として、支援が格差の拡大(マイナスの効果)につながらないように、係争地以外を含めた広範な地域に対して「面の支援」を行った。最後に、現場の実情に即した柔軟な対応も重要であり、スリランカ支援の場合には、既存の案件(1998年借款契約)の支援地域を北東部にまで拡大することにより、(2002年の停戦合意の直後に)係争地域への迅速な支援を実現した。

(6)名実ともに「継ぎ目のない支援」が大事である。「継ぎ目のない支援」に「節目」があるとすれば、紛争経験国が借款を受け入れて事業を行えるところまで到達した時点ではないか。そのためには、あらためて日本が持てる様々なツール(無償、技協、円借款)の一層の有機的位置づけが求められる。

(7)日本の援助の強みは、無償、技協、円借款など様々な手段を持ち、状況に応じてこれらを組み合わせて「継ぎ目のない支援」ができることである。これは平和構築支援にとっても有効である。

(8)平和構築支援はODAの試金石である。紛争経験国では、途上国問題の本質的な部分が先鋭的に現れる。従って、平和構築への取り組みと経験の蓄積は援助全体の質向上に資する。また、援助の本質を真剣に考える機会を提供するものでもある。


4.意見交換

(1)「継ぎ目のない支援」が大事とのことだが、継ぎ目をどう見るのかが重要ではないか。今回のODA改革では、緊急無償は新JICAに移管されず外務省に残されると聞いている。取引費用が増加するように思うが、緊急無償を外務省に残す判断基準は何か。できるだけ一つの組織で扱うのが良いように思うが、なぜ残したのか。

→(品田首席)緊急無償に加えてノンプロ無償も外務省に残している。これはひとえに外交政策との整合性である。津波や地震、突発的な紛争などへの対処は、スピード及び高度の外交的判断が必要である。このような時に、機動的に無償を使うために、JICAではなく外務省がやった方が良いという理由である。現在、外務省の資金のうち6割は新JICAに移管する予定である。

(2)紛争国、ポストコンフリクト国の影響について、包括性、内発性、自立性、そして能力開発の必要性等に留意する必要がある。平和構築アセスメントは、JICAの援助で本当に実現できるのか。開発援助を緊急援助、人道援助と合わせて考えるのは大事であり、平和構築プログラムの中に入れるのが良いと思うが、JICAはまだプロジェクトベースのものをプログラムと呼んでいるだけであり、包括的なプログラムの中でプロジェクトを形成してはいないのではないか。

→(不破調査役)平和構築アセスメントは、紛争の要因や再発要因、復興時の特有のニーズに包括的に対応し、事業に反映させるものである。もちろん、平和構築支援はODAだけではできないものであり、ましてJICAができることは限られている。しかし、紛争を取り巻く全体構図を理解し、平和の構築に資するための黒子の役割を果たすことで、支援の一端を担うことはできる。こうした成果追求を目指すとき、復興プロセスを想定できるかどうかが重要である。プログラムとして全体目標を視野に入れて、着手しているプロジェクトの成果・リスクを管理することが重要であり、PNAを生かすためには、複眼的なマネジメントができることが必要である。そうした経験を積みたい。先ほど紹介したスリランカについては、未だ結論が出ていない。復興支援、平和構築支援の様々な試行錯誤の経験を、PNAを用いてレビューすることで、各種の教訓が得られると思う。

(3)9.11事件以降、ユニセフの「平和の定着」支援は、日本のODA総額が伸び悩む中で伸びている。特に教育分野で著しい。アフガニスタンでは、女子教育施設を強化する際にユニセフ経由で行った。イラク、スーダンでも支援の初期段階でユニセフ、HCR、IOM等で国際機関を使い足の早い支援を行っている。子どもが学校に行くと、家族が定着する。希望が生まれる。それがコミュニティを安定化させる。これは、試行錯誤段階ではあるが、良い事例がつみあがってきている。ブルンジでは、そのような支援を自分も担当した。また、紛争の例ではないが、津波支援でアチェでは、四方八方に散った人がいる中で、テント、プレハブ、鉄筋の学校と、段階を追って学校支援を継続した結果、早い段階でコミュニティの復興が実現できた。対ユニセフ支援は、2000年頃までは7,8千万ドルだったが、近年は倍になり、その大きな部分が「平和の定着」関連だ。正解は一つではなく、多くのプレイヤーが働いている。その中で、国際機関はクイックインパクトで、現地の人たちに平和の配当を理解してもらうことを念頭に置きながら支援をしている。非ODAである自衛隊、PKOとの協力も必要だと思う。

(4)平和構築支援といいながら、どのような平和を構築したいのか。現地の人が望めば権力構造に関わらず支援するのか。ODAの全体のパイは減っている。そこにODA大綱で重点課題として4つ掲げている。重点というので予算も重点的に配分しているかと思えば、それぞれODAの何%が配分されているかもわからない。そのような中で、重点とはいったいどのような意味を持つのか。また、複数のツールを組み合わせて効果的だといわれて久しいが、待つことなく即座に組み合わせればよいのではないか。

→(品田首席)平和構築に際してどのような平和を目指しているかといえば、基本的には日本が他の多くの西側と価値観を共有した民主的な体制である。ある一定の国際的な水準に合致するような方向にODAを使い、部分的なりとも支援する。このような中での平和だと思う。また、ODAのパイが限られている中で、予算との関連で重点課題とは何かという点について、ODAにはいろいろ批判があり、完璧なものとは程遠い。ツールの組み合わせとも関係するが、試行錯誤の中で進めていく。無償・技協をどう組み合わせるか、どのように予算配分するのかについて、一つの答えはない。イラクについては、50億ドルのうち35億ドルは円借款に貼り付けた。アフガニスタンと違い、イラクは石油を持っているからである。国や地域により、ツールの組み合わせは違う。

→(福田主任研究員)無償・技協・円借款の連携については、平和構築に始まったわけではないので「連携」ということばは敢えて使わなかった。紛争経験国の復興の形は様々であるが、要は「継ぎ目のない支援」の延長線上に円借款(を紛争経験国が借りて本格復興を行えるところまで到達すること)を位置づける、という長期的な視野が求められるということである。即ち、先行する無償資金協力や技術協力も、その方向性を見据え、その上でそれぞれの支援ツールの持ち味を活かすなど、支援全体としての一層の戦略性が求められる。

その他、確認しておきたい事柄は以下の2点である。第一に、今回のセミナーのように平和構築の話をしていると、あたかも途上国全てが紛争に見舞われているという錯覚を覚えがちだが、現実はそうではない。第二に、平和構築を巡る主要ドナーの共通の課題を一つ挙げるとすれば、精緻化する政策や紛争配慮ツールと、実際の支援事業実施との一貫性を確保することである。即ち、援助スタッフの中では、紛争や大規模災害に直接携わった経験を有する者はマイノリティーであり、政策と実施の一貫性をどのように持たせるかが課題である。一つ参考になるのは、アジア開発銀行のケースである。そこでは、紛争と自然災害を一つの政策の下で迅速に対応することとしており、また、その分野に知見を有するスタッフ(Anchor, 当面一人)が全ての案件をレビューし、必要に応じて助言・指導をするという実践的なアプローチを採っている。

(5)アフガニスタンで、日本はDDRを主導したということだが、日本は軍事関連は不得意分野であるにも関わらず、なぜこれを担当したのか。また、今後日本のODAとして、自衛隊、文民警察はどのくらい活用されるのか。

→(品田首席)日本がアフガニスタンで本格的に取り組むまでは、そもそも日本の得意な分野はなかった。その中で、DD(武装解除、動員解除)の部分は軍人が担当するが、日本はR(社会復帰)が強い。これは、元兵士が農村に帰るところで、職業訓練が必要になるからである。このプロセスで日本が主導権をとり、一定の評価を得た。日本はUNDPと連携して、アフガン新生計画の立ち上げのノウハウや、資金、機材、要員を提供した。武器を扱う仕事や、回収した武器の処分をやっているわけでない。いろいろな意見はあるものの、新たな挑戦に取り組むなかで、そこそこの成果を上げられたように思う。他方で、麻薬対策は非常に危ない。これは、英国が主導した。世界のケシの生産量の8割はアフガニスタンである。ケシ栽培をやめさせて、代替作物を作らせるのは、一番恨みを買う仕事であり、軍事力をもっている国でないとできない。

(以上)