ホームセミナー > 第1回議事録

第1回平和構築フォーラム・セミナー議事録

印刷用PDFはこちらへ

第1回平和構築フォーラム・セミナー
「平和構築のニーズと私たちにできること」
2006年5月31日(水)
於:キャンパス・イノベーション・センター(東京地区)

【パネリスト(平和構築フォーラム発起人)】
星野俊也(大阪大学大学院国際公共政策研究科教授、
日本平和構築ネットワーク代表)
岸守一(国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)駐日事務所副代表)
熊岡路矢(日本国際ボランティアセンター(JVC)代表理事)
木山啓子(JEN事務局長)
紀谷昌彦(外務省総合外交政策局国際平和協力室長)
(弓削昭子(国連開発計画(UNDP)駐日代表)は所用のため欠席)

【議論のポイント】
●今般、平和構築フォーラムは、平和構築にかかわる政策や活動の立案・実施・研究の立場を横断し、@情報や知見の共有、A政策や活動に向けた新アイディアの検討、B人材育成などに資する情報交換やネットワーキングの場として発足した。
●平和構築や人道といった分野こそ、日本がリーダーシップを取るべきではないか。この分野で貢献する上で、非核保有国、平和憲法、経済大国、知識集約型、人間の安全保障、アジアの経験などの日本のプロフィール、そして思いやり、勤勉、忍耐などの日本的価値を生かせる。
●日本の実働型・現場型NGOは、紛争・内戦下での活動を通じて、平和構築分野で多くの実績と知見を積み重ねてきた。今後は、支援機関間の調整や一般市民との連携が課題である。
●今後、日本の強みを世界の平和構築に生かすためには、個別国・地域毎の支援の強化(そのための現地機能の強化)、能力開発等の知的貢献、そして人材育成が重要である。
●平和構築は、「紛争の当事者たちが自らの力で平和を持続できるような社会構造を作り出す総合的なプロセス」と一般的に定義できる。それが政策に応用されると国や機関別に違った用語になることもある。一般的な定義に基づく用語と政策の現場での用語を分けて考えると、混同しにくいのではないか。大切なのは、効果があるかどうかである。
●平和構築の「立体的な理解」のためには、政治プロセス、平和構築支援活動、現地の人々という少なくとも3つの視点が重要である。また、具体的な活動には、パワー、権威(正統性)、能力、対話、財源という5つのカテゴリーを盛り込んでいくことが効果的である。


1.平和構築フォーラムについて(星野大阪大学教授)

(1)このフォーラムは、平和構築にかかわる政策や活動の立案・実施・研究の立場を横断し、@情報や知見の共有、A政策や活動に向けた新アイディアの検討、B人材育成などに資する情報交換やネットワーキングの場として発足した。平和構築分野の政策、実務、研究に関わる有志が、それぞれの所属先での活動に加え、個人の資格でお互いに情報交換をする機会を設けるために始めたものである。発起人となった6名が話をしている中で、自らが持つ情報を多くの皆様に広く伝えるとともに、皆様が持っている様々な情報を集めるための場(ポータル)を作り、政策や研究や事業に必要な情報が相互に見られるようになればよいという話になった。是非、皆様もこのポータルを使い、インプットしていただければありがたい。

(2)このフォーラムでは、セミナーを随時開催し、例えばゲストが東京を来訪する際には懇談の機会を持ってもらうなど、実際にフェース・トゥ・フェースで情報交換できる場を設けたい。更に、ウェブサイトも立ち上げて、主な情報にリンクを張ったり、ニュースレターを配信したりすることも考えている。新しい組織を作るわけではない。既に各組織はそれぞれ平和構築支援に取り組んでいる。私も日本平和構築ネットワークというグループに入っている。各組織の活動の邪魔をすることは考えていない。むしろ、横のつながりがこれまで十分でなかったのであれば、ネットワーキングや情報交換の場をフィジカルにもバーチャルにも構築していくことが有益と思う。

(3)今回の第1回セミナーには、数十名程度の出席を考えていたが、学生を含めて約150名が出席し、多くの関心を得ることができた。国際機関やNGOの活動においてのみならず、大学での研究や教育のテーマとしても関心が高まっているのではないか。そうした需要があるのであれば、活発なネットワーキングや情報交換の場所になればよいと考えている。今回ご参加いただいた皆様も、平和構築にかかわる様々な分野で活躍されている。この場で隣や周りの人たちと、お互いに知り合っていただくことも有意義だと考える。

(4)先般、国連平和構築委員会が発足した。日本としてもこの機関にどのように取り組むのか。同委員会の組織委員会のメンバーになったが、その立場でこれから何をやるのかを具体的に考える段階になっている。その一方で、東ティモールの問題に関わった人も多いと思うが、国連暫定統治を経て独立し、その後も国際社会が支援を続けてきた、最近急速に治安が悪化し、内戦が再発するのではないかと懸念されている。平和構築は大切だが、困難な課題であることを実感させられる。スリランカについても、明石康政府代表が共同議長となって東京で復興開発会議を昨日(5月30日)開催したが、難しい局面を迎えている。また、本フォーラム発起人にも先日スーダンから帰ってきたばかりの者がいるが、南北和平やダルフール情勢など心配なこともある。以上述べたとおり、平和構築の機運が高まり、取り組むための制度が徐々に構築されているが、問題となる事例も次々に発生しているのが現状である。

(5) 以上、発起人を代表して説明させていただいた。ただし、自分はフォーラムの代表というわけでなく、今回会場をアレンジした関係から挨拶を担当したものである。以下、発起人それぞれの問題意識を提示したい。十分に相互調整したものではないが、質問や意見を受ける中で、議論が深まっていけばよいと考えている。


2.パネリスト(発起人)からの問題提起

(1)UNHCRに勤務する立場から(岸守UNHCR駐日事務所副代表)

(イ)今日は、「幕の内弁当」のイメージで出席している。我々が一品ずつ「レシピ」を持ってきた。これを集めて5人で「幕の内弁当」のようなものを作り、平和構築というテーマで皆さんに提示するというイメージだ。卵焼きやサラダや切り干し大根くらいの感覚で、UNHCRから見た一品料理について話したい。また、これを機会に多くの皆さんの料理を食べて、考えを掘り下げたい。

(ロ)今日は、三点取り上げたい。第一は、UNHCRの変容である。UNHCRと平和構築はどのように結びつくのか。難民支援から平和構築までどのように繋がるのか。頭の体操が必要である。そのために、まず組織の変容を説明したい。1951年(年間予算30万ドル・職員33名)から2005年(年間予算12億ドル・職員6,800名)まで、年間予算額は400倍、職員数は200倍になった。活動範囲も変容している。緒方貞子氏のリーダーシップもあるが、冷戦が終わり紛争の性質が変わったことが大きな要因である。1980年代までの事後対応・庇護国中心・難民重視から、1990年代以降の(国内避難民になる前の)事前対応、(本国に帰国してから帰還民が再度難民にならないよう支援する)出身国中心、そして包括的アプローチに変わった。これは、緒方貞子氏が国連難民高等弁務官だったときのことであるが、今も引き継がれている。援助対象も変容した。全体の約1927万人のうち、条約上の難民は920万人と半分を切るくらいである。それでは何をしているかといえば、国内避難民、すなわち国境を越えなくても主権国の同意があり適切な場合には、関与・支援しており、これが560万人に上る。また、帰還民という人たちがいる。本国に帰ると、何も残っていない。先日、南スーダンの首都ジュバに行ってきたが、本当に何もなかった。木の下でUnder the tree meeting、それも四角形に座ってフォーマルな感じにして、日陰で国づくりについて会合を持った。それほど何もないところに難民が帰っていく。それが定着するかが平和構築の第一歩である。帰還民は150万人に上る。また、庇護希望者が84万人、無国籍者等が205万人、第三国定住者が8万人いる。

(ハ)次に、UNHCRが平和構築にどう関わるかというインターフェースについて話したい。まず、人道支援と開発援助のギャップについては、ずっと昔から指摘されている。人道支援は、よく考えて関与するよりも、ともかく行って、二―ズにあわせて活動することを余儀なくされている。それに対して、開発援助は、ある程度整備された段階を対象にしており、時間的にも面の広がりにおいても、人道支援とのギャップがある。第二に、帰還民の定着支援である。南スーダンでは、コミュニティを基盤にした再統合プログラムを実施している。具体的には、「水」と「衛生」と「教育」の3つがあれば、難民が故郷に帰ってきても、この故郷にとどまろうかなという気持ちになってもらえる。これが、もとの場所に戻ってしまうと、何も進まない。このために、「村おこし」のようなことを100件くらいやっている。第三に、コミュニティの再生・共生が課題である。ルワンダのフツ族・ツチ族のようにお互い戦った人たちが、和解に向けて第一歩を踏み出すことを目指す。これらについて、UNHCRが関わっていける。平和は抽象的なものではなく、もっと生活で実感できる安全、心地よさ、豊かさなどだ。この平和を、帰還した難民が感じ、残ってくれる。明日の生活に希望を感じてくれる。このためにどう役に立てるかが、自分の使命である。

(ニ)最後に、平和構築のための日本の『レシピ』を探したいという、個人的なアイディアを共有して終わりたいと思う。「私たちにできること」のレシピとして、日本の人道支援の独自性・特異性を一緒に探していければよいと思っている。そのひとつは、日本のユニークなプロフィール、立つ位置である。これは、非核保有国、平和憲法、経済大国、知識集約型、人間の安全保障、そしてアジアなどに立ち戻って、そこから平和構築のために何ができるかを考えたい。また、日本が平和構築のために手を差し伸べる上では、日本的価値とは何かが重要になってくる。これは、「思いやり」と「勤勉」と「忍耐」ではないか。これらは日本で大事にされている価値観であり、相手の立場に立った中長期的な実質的関与を可能にする。評判の良い大きな欧米NGOと比べても、武器になる。そういったことを、学者、NGO等と一緒に考えていければ面白い。最後に、人道分野における「雁行型発展」は可能か考えてみたい。経済分野では、1997年のアジア経済危機までもてはやされた。雁の群れのように東アジアの経済発展を実現したモデルがあった。人道分野でも、そういったことが可能ではないかと思う。東アジアでは日本と中国の覇権争いと捉えられがちだが、人道や平和構築といった分野こそ、日本がリーダーシップをとれるのではないか。そのような観点から、東アジアから何ができるか。今、人の顔が見えるNGOが熱い。私は、NGOと一緒にスーダンのジュバに行った。一人だけだったらいらだったり寂しかったりするが、1週間、大変刺激を受け、楽しかった。あらゆることが思った通りにいかない地でも活動する、「しなやかさ」や「たくましさ」がNGOにある。こういう人たちと一緒に「弁当」を作り、皆からおいしい料理を食べられれば嬉しく思う。

(2)紛争におけるNGOの役割(熊岡JVC代表理事)

(イ)私はNGOを代表する立場にはないが、紛争、内戦地域での活動経験が長かった者として発言の機会をいただいた。紛争(戦争、内戦など)、また独裁的な政権下の国での活動についてもいくらか体験的に理解している。また、紛争解決における「NGO協議体」の役割についてもお話ししたい。

(ロ)「平和構築」というタームは、私にとって比較的新しいことばである。1980年代は、紛争(戦争、内戦など)に対してどのように取り組むかを現場で考えてきた。紛争に関する各フェーズを考えると、まず紛争中の場合には、紛争解決に向けて、停戦・和平を目指す会議など、政府、指導的個人・長老、国連などが仲介してつなぐ努力がなされる。次は、紛争後である。和解・融和は容易ではないが、憎悪と殺し合いの循環をなくすための努力が必要である。和平合意が結ばれた後、それが定着するように、その国の人々が中心となって、社会経済の復興、政治過程の変革などが必要となる地域社会、国際社会の協力も必要だ。長期的に紛争のない国にするには、ある意味で民主化が必要になる。なお、紛争前については、どうとらえるかは難しい。備えができることが望ましいが、それ(紛争予防)が成功した瞬間に、(問題が解決するので)ある意味で本当にうまくいったか表向きわからず、評価されないことがある。ただし、言うまでもなく、紛争(戦争、内戦など)が発生した場合の傷の深さを考えると、事前の予防、外交的解決が望ましい。

(ハ)実働型現場型NGOが行う人道支援は、紛争地域(あるいは独裁政権下の地域)において、基本的な必要に応える活動(水の確保、基礎保健・医療・公衆衛生、基礎教育、福祉など)に携わり、具体的に役立つ。それがすべてであるといえる。純粋な平和団体や人権団体、例えばアムネスティ・インターナショナルやヒューマンライツウォッチには活躍してほしいと思うが、自分たちは完全に同じではない。NGOが平和や人権の重要性を訴えた途端に追い出されるような地域に、人道支援という枠組みで入る。

(ニ)私自身が活動し、体験する中で、人道支援はそれ自身大切ではあるが、それに加えて、結果的に紛争現場と「外の世界」との信頼醸成につながることがある。さらに、次のような重要な副次的な役割・効果・効用をもたらすことができる。
@まず、「その場にある」ことを通して非人道的状況の目撃者となり、限定的であるが、権力者による権力濫用などに歯止めをかける可能性がある。(「よそ者」「他人の目」効果)
A報道の役割ともいえるが、孤立し苦しい状態にある紛争地の人々の状況、声、表情を、日本をふくむ国際社会に伝えることができる。逆に、外の世界の「関心・共感」を、現地の人々に表明し伝えることで、困難な状況の人々を励ましつづけることができる。パレスチナもアフガニスタンの人々も、孤立感や孤独感を持っていたが、外の世界が関心、共感を持っていることが、ことば、物(たとえば支援物資)、そして私たちがいることを通じて励まし続けられることがわかった。
B人道支援を通じて、「中立的な立場」であると信頼された場合には、抗争するグループ間の話合いなどの仲介を行うこともある。カンボジアには、争っている4つのグループがあった。殺伐として殺し合いが起こり、お互いに同席することすら拒否するような状況の中で、人徳のある地元のリーダーや外国のNGOが入り、いわば触媒・接着剤となって、「円卓会議」などを開催した。(カンボジア総選挙前など)
C現場での直接的な知見から、紛争の構造を明らかにし、紛争解決や戦争・内戦停止あるいは援助のあり方の改善などへの具体的な提言(平和へのアドボカシー)を行うことができる。

(ホ)また、「NGO協議体」の役割や目的についてもお話ししたい。カンボジア、イラクほかほとんどすべての活動国で、そのようなNGO協議体ができている。もちろん自由であり、入りたくない団体は入らなくてよい。目的のひとつは、活動の落ちやダブりをなくすことである。バラバラに動いていると、必要なのに誰も入っていない、逆にアクセスしやすい場所に多くの団体が入り重複してしまうことが、どうしても発生する。そのため活動調整が必要になる。また、NGOは単体でその国の政府に意見を聞いてもらえないことが多い中で、政策批判など発言が制約されることもあるが、スタッフの安全問題、現地の人権など、精一杯声をそろえることで、頑張ることができる。カンボジアでは、「NGOフォーラム」ができ、停戦・和平、援助の均衡などへの政策提言を行ってきた。このNGOは現場型のNGOであり、オクスファム英国、AFSC(クェーカー)、JVCなど実働型NGOが共同でアドボカシーを行ったものである。他方、カンボジアNGO協議会(CCC)は主に活動調整を行った。そして、イラクではNCCI、パレスチナではAIDAが、現地の苦しんでいる人たちのために、実働と平行して、声を揃えて提言活動を行っている。

(3)平和構築の実際と現状の課題(木山JEN事務局長)

(イ)NGOとして、平和構築のプロジェクトに取り組んできたことをお話しする。現場での難しさを共有し、一緒に解決方法を考えていきたい。まず、JENが平和構築を始めた経緯から始めたい。JENは、もともと紛争や自然災害による緊急事態における、自立支援から世界平和を目指している団体である。現在、アフガニスタン、イラク、スリランカ、パキスタン、エリトリア、新潟で活動を行っている。スリランカとパキスタンは自然災害から入ったが、紛争の影響を受けざるを得ず、新潟以外は紛争の影響を受けているところである。支援を開始する際は、常に撤退のシナリオを考える。業界用語でいうところの「出口戦略(Exit Strategy)」である。持続可能な形で撤退するには、支援の効果が持続可能な形で残ると思われる状態でなければならない。JENが初めて平和構築の事業を実施した旧ユーゴでは、難民・避難民の帰還民支援をしていたが、少数民族の帰還促進が大きな課題であり、そのため、どうしても平和構築のプロジェクトをやらざるを得なかった。自立を目指すという「出口戦略」の過程で、ニーズに応えるために、平和構築が不可欠だったためである。具体的には共存していた民族同士の熾烈な民族紛争を経た人々に対して、民族共生のプロジェクトを行った。これが、JENの平和構築事業の始まりであるが、現在では、事業名として平和構築とうたっていないものでも、弱者支援、少数派支援を実施する上で、全てのプロジェクトに平和構築のコンセプトが有益であると考え、取り入れている。

(ロ)次に、実際の平和構築事業についてお話ししたい。コンセプトは民族共生である。これは、和解や融和より先に共生を促進するものである。民族融和は現実的ではなかったので、とりあえず一緒に暮らせるようにする、という取り組みだった。とにかく一緒に何かをやり、ともに過ごす時間を長くし、ともにする活動に意味を持たせ、そして、共通の利益を生み出す仕組みを作るというものである。例えば、一緒に仕事をして収入を得るプロジェクトを計画した。これを通じて信頼醸成ができていった。一緒に仕事ができると思っていた人も、迫害をおそれていた人もいた。しかし、境界線をはさんで敵側に行って仕事をし、安全に無事に帰ってきたのを見て、だんだん自信が回復し、信頼が醸成されていった。また、生活改善に直結し、それにより人心が安定した。次の紛争が起こることの予防にも意味があるのではないかと考えている。成功の鍵は、仲介者であるJENが、旧ユーゴでは第三者だったことだ。「中立者は敵」との見方もあったが、どの民族にも信頼される関係を結ぶことができた。特に、戦闘終結後十分早い時期に始めたことが効果的だった。治安がある程度収まるかというところで始めたため、信頼醸成が大いに進んだと考えている。また、日本的な考え方を活かして、現地の人たちと同じ視線で、上から命令するのでも、高いところから見るのではなく、同じレベルの人として取り組んだのも効果的だった。しかし、問題点もあった。政治・軍事的環境はいつも変化があった。現地で民族共生の事業を実施していて、順調に進んでいる場合でも、郡(Municipality)が少数民族に対して差別的な姿勢を示すと、圧力をかけるために国際社会からの支援が止まる。一般市民の間で信頼醸成が進みつつあっても、行政の姿勢次第では全体情勢が変化して、逆戻りしてしまう。また、NATO空爆でセルビア側が態度を硬化させるということもあった。ひとたび何かあると、信頼醸成に大きく影響する。また、共通の利益を生み出す仕組みであるから、事業自体が収入を生み出さなければ失敗してしまう。双方の民族から養蜂組合をつくり、蜂蜜作りをするという良いプロジェクトがあったが、蜂の伝染病がはやり、事業自体がうまくいかなくなったことがあった。事業自体がうまくいくようにすることも、大事である。

(ハ)取り組みを通じて、現状での課題が明確になってきた。旧ユーゴでは、治安がある程度安定していることが重要な前提であった。しかし、アフガニスタンやイラクなど、治安が悪くて活動ができないところでは、信頼醸成も進まず、従って平和構築や紛争予防にも貢献しないという悪循環が存在する。また、イラクなどでは、対立するグループ同士が不明確である。誰と誰との和解を促進すれば良いかが明確でないので、有効な和解事業が進めにくい。また、旧ユーゴではともに暮らすことを目指せばよいが、イラクやアフガニスタンでは共に暮らすことを目指すことが必ずしも適切かどうかはわかりにくい。ともに生活することを目指すべきか。平和構築は永続的な平和を確立することだというが、その平和とは何か。言語を共有していない場合に、何を共有するのか。共通の利益を増やすだけでは解決できない。

(ニ)とはいえ、難しいというばかりでは進まない。私たちにできることは何か。まずは、支援機関同士の連携が大事である。政治状況の変化で平和構築が後退することのないよう、事前に連携を進める必要がある。また、プロジェクトがより広く認知・認識され、人も資金も投入されれば良いプロジェクトができる。更に、このような場を通して、一般市民と平和構築支援に取り組んでいる機関との連携を進めることができれば望ましい。

(4)日本の強みを世界の平和構築に生かすために(紀谷外務省国際平和協力室長)

(イ)本日は政府の立場ではなく個人の資格で説明したい。最近までバングラデシュで開発関係の仕事をしていたが、今年の春から国連平和維持活動(PKO)を担当する部署に着任し、平和構築には幅広い活動の連携が必要と痛感している。何故いま平和構築なのか、国際的な動きから始め、次に日本の支援の展開と政策の強化、最後に今後の課題について話したい。

(ロ)最初に、国際的な動きを見てみたい。
@平和への課題(1992年6月)からブラヒミ報告(2000年8月)に至る流れがある。これまでの停戦監視にとどまらず、内戦状況にどのように国連が関わっていくべきかが議論されてきた。
Aまた、紛争と開発についてのOECD/DACのガイドライン(1997年・2001年)、欧米諸国やUNDP、UNHCR、UNICEF、WFP、世銀等国際機関の取り組み、グレンイーグルスなどG8等の取り組みなどがある。
B更に、最近の国連の場では、ハイレベル委員会報告(2004年12月)に始まり、事務総長報告(2005年3月)、首脳会合成果文書(2005年9月)、国連平和構築委員会(2005年12月〜)へと繋がる動きがあり、国際的な関心の高さと機運の高まりを示している。

(ハ)このような動きを背景に、日本の支援が展開してきた。湾岸戦争後、国際平和協力法が制定され、初めてカンボジアやモザンビークに日本からPKOが派遣された。また、コソボやボスニア・ヘルツェゴビナの平和構築に対しても、日本は支援を行った。更に東ティモールは、カンボジアと同様、複合型の国連平和活動に対して取り組んだ事例となった。スリランカ、アチェ、ミンダナオに対しては、ODAを中心に支援した。アフガニスタンやイラクでは、自衛隊とODAが車の両輪となって支援を行った。パレスチナに対しても、日本は長期にわたる平和構築支援を実施してきた。スーダン、ルワンダ、ブルンジ、コンゴ(民)、シエラレオネ、リベリア等のアフリカに対しては、アフリカ開発東京会議(TICAD)プロセスやODAを通じての支援を推進している。また、国連PKOに対しても日本は2割の分担金を負担し、その運営についても安保理PKO作業部会などの場で関与している。

(ニ)平和構築のための政策の強化も、これと並行して進められている。
@まず、「紛争と開発」に関する日本からの行動:アクション・フロム・ジャパン(2000年7月)に端を発し、小泉総理シドニー政策演説(2002年5月)、国際平和協力懇談会(いわゆる明石懇談会)報告書(2002年12月)、国際平和協力分野における人材育成検討会・行動計画/提言(2004年4月)の流れがある。
Aまた、ODAについては、ODA大綱(2003年8月)、ODA中期政策(2005年2月)、JICA法への「復興」明記(2002年12月)、JICA課題別指針・平和構築支援(2003年11月)、紛争と開発:JBICの役割(2003年8月)、JBIC海外経済協力業務実施方針(2005年4月)等が積み重ねられている。
B防衛庁は、新防衛大綱(2004年12月)で、国際平和協力の本来任務化に向けて踏み出した。
C警察も、国際協力推進要綱(2005年9月)を打ち出し、文民警察分野の協力にも言及している。
これらの様々な動きをどのように調整して、国際機関、研究機関、NGO等も取り込みながら推進していくかが課題である。

(ホ)これから日本の強みを世界の平和構築に生かすためには、どのようにすればよいのだろうか。
@まずは、個別国・地域毎の支援を強化し、具体的な成果を出していかなければならない。このためには、開発分野と同様に、現地機能強化が重要である。
Aまた、知的貢献の面では、人間の安全保障や能力開発・人づくりなど、日本のお家芸といえるものがある。
B更に、人材育成も重要である。より多くの人たちに、最前線で活動する人の声を伝え、フロンティアを拡大していくことを目指す必要がある。
これらのいずれについても、ネットワーキングは有益な手段である。平和構築については様々な意見があるが、対話を重ねることで多くの人々を巻き込みながら実施していくことが大事ではないかと思う。

(5)「立体的」な平和構築支援に向けて(星野大阪大学教授)

(イ)平和構築について、研究者の立場から概念整理を試みたい。結論を先に言えば、平和構築を「立体的」に捉える視点を提供したい。「立体的」という意味は、通常、平和構築は、平面的、単線的な見方で捉えられがちだからである。時系列的に紛争の前・中・後、あるいはブトロス・ガリ元国連事務総長の『平和への課題』報告(1992年)にあるように、紛争予防、平和創造、平和維持、といった活動と並んで平和構築がある、といった見方もあるが、それだけでは不十分といえる。たとえば、どのように立体的に見るかだが、本日のパネリストからお話のあったスーダン、カンボジア、旧ユーゴ、バングラデシュなどのどれをとってみても、マクロとミクロの視点がある。フィールド活動をしている人々の視点はもちろん重要である。それと、名前も顔もある現地の人々の視点、それとともに当該地域の平和構築に向けた政治プロセスに目を向けることも不可欠といえる。我々は、ある地域で平和構築に関する活動を進めるとき、ひとつの側面の活動だけでなく、他の側面の動きもあることを認識しておくことが重要である。そのために「立体的」な視点を強調している。

(ロ)なぜいま「平和構築」なのか。私なりにいうと、武力紛争の形態が変化し、国家間の紛争から国内のコミュニティ間の内戦に大きく変化し、国家破綻のケースが増大したことが平和構築へのニーズの高まりの第一の要因であると考える。国家間の紛争に対して国際的なプレゼンスが必要なときは、平和維持と言っていた。国境線を挟んだ国と国との紛争であれば、両国の人々は別れたまま暮らしていくことができる。国際的な平和維持は、両国の間に介在し、紛争の再発を防ぐ。その意味で、現状維持(現状固定的)である。しかし、ひとつの国のなかでの対立であれば、国家が分離しない限り、人々は将来も一緒に暮らしていかなければならない。対立していた人々が再び共存していく道を開くためには、現状維持的な平和維持だけではなく、より能動的な平和の構築努力が必要になる。第二に、紛争によって政府の機能が弱体化したり、破綻したりしている場合もあるので、その国家の建て直しという意味の平和構築も必要となる。そして、第三に、和平合意後の紛争再発率という現実の課題への対応もある。国際的な関心が低くなったときに紛争は再発する。半分の紛争は5年くらいたつと再発するという紛争再発率があるが、これを食い止める必要がある。平和を根付かせることは重要であり、そこで平和構築のニーズが出てきた。しかし、これまで平和構築支援に戦略的に取り組む体制が不在であり、誰も専門的にやっている機関がないため、「国連平和構築委員会」構想が出された。

(ハ)次に、「平和構築」をどうとらえるか、共通の用語・用法に向けての作業が必要である。このためには、抽象的な概念として「平和構築」の一般的(generic)な定義を考える一方で、それが応用されるとどのような呼び方になるかという問題は分けて考えることが適当なのではないだろうか。世界のいろいろな国で、平和構築に関係した活動がさまざまな形で呼ばれていて、混乱を招いている。日本も「平和構築」とともに「平和の定着と国造り」という表現を用いている。「人間の安全保障」概念も平和の構築に密接に関係する。機関によっては、平和構築という言葉を使うとマンデートを超えてしまうので、違う表現があえて用いられる場合もある。したがって、平和構築に関しては、一般的な定義に基づく用語と、政策の現場での用語とにいったんは分けてとらえた上、それらをうまく統合していくというアプローチが大事ではないかと思う。大切なのは、効果である。

(ニ)それでは、平和構築の一般的(generic)な定義とは何か。大体のコンセンサスになっている考え方は、「紛争の当事者たちが自らの力で平和を持続できるような社会構造を作り出す総合的なプロセス。」(「日本平和構築ネットワーク」の操作的定義)である。これは、深刻な紛争を経験した社会において、紛争のサイクルを断ち切り、平和が持続する社会に移行させることであり、その際のポイントとしては、平和構築はあくまでも現地の人々自らの主体的な努力(ownership)が前提となり、それを国際社会が支援(support/partnership)するという構図である。このためには、安全保障・開発・人権に及ぶ「トータル」な取り組みが必要である。なお、平和構築のための手段も「包括的」(軍事・非軍事)である。いずれにしても、現地の人々に意欲がないと進まないので、人々のやる気を作ることも必要がある。国際社会の役割は、現地の人々をサポートするという意味で「平和構築支援」活動と呼ぶことが適切ではないか。

(ホ)平和構築の「立体的」な理解のためには、政治の視点(「平和構築」に向けた政治プロセス)、 オペレーションの視点(「平和構築支援」活動)、現地の人々の視点(「現地化」へのプロセス)のいずれも重要である。フィールドで考えると、やることは山のようにある。しかし、平和構築を成功させるには、政治レベルでの当事者間での駆け引き、取り引き、合意の側面などがある。更に、政治の動きについていえば、現場から遠く離れた国連安保理では勝手な議論が進んでいることもある。それでも、こうした政治の動きを無視できない。このような中で、現地の人たちの声をしっかりと聞くことが重要である。政治を忘れてフィールドを見てもだめだが、政治ばかりでフィールドや現地の人の声を忘れてもいけない。「立体的」な平和構築努力は、いろいろな側面に目配りをするためのチェックリストを提供するものである。

(ヘ)より具体的に「立体的」な平和構築支援の諸側面について申し上げたい。私は研究者なので、一般化しすぎるきらいがあるかもしれないが、参考になれば幸いである。そこで、ここでは特に、パワー、権威(正統性)、能力、対話、財源という5つのカテゴリーについて説明したい。席上配布資料の図表のうち、上の段は国際社会、下の段は国内の人たちがやるべきことだ。平和構築の成功には、これらの条件がそろうことが望ましいのではないだろうか。
@パワー:治安確保・安定化は平和構築の前提となる。多国籍軍や国際治安部隊の役割が重要になるのは、そのためである。しかし、治安を実力で確保するという意味でのパワーだけでなく、現地の人々の権力分配・権力バランスという課題もである。閣僚のポスト数や議員の議席数などで合意できるかどうかも重要である。
A権威(正統性):国際社会の支援活動は、国連安保理決議の授権を得た上であれば正統性は高い。国内の政治指導者や統治機構の権威も、民主的なガバナンスと法の支配の下でのみ、本当の意味で正統となる。
B能力:国際社会からの支援のなかで、現地の人々の能力強化(エンパワメント)は重要な部分である。他方、現地の人々の間では自己実現に向けた主体的な努力がなければならない。
C対話:国際社会の関与は、信頼醸成や異文化理解が出来ていないと空振りなので、対話は必要である。一方、現地の人たちには、和解、共生プロセスのために対話が必要である。
D財源:最後に、先立つカネが必要である。国際社会はドナー会議をやっていく必要がある。現地では、資金をいかに適正に分配されるのかが大きな関心の的となるはずである。


(参考)「立体的」な平和構築支援の諸側面

○パワー(Power)
安定化・治安回復(stabilization / public security restoration)
移行期ガバナンス・権力分配(transitional governance / power-sharing)
○権威(Authority)
国際的正統性(international legitimacy)
コミュニティ間の正統性(inter-communal legitimacy)
○能力(Capacity)
能力向上支援(international empowerment partnership)
自己実現(local ownership capacity building/self-fulfillment)
○対話(Dialogue)
信頼醸成(confidence building)
対話・和解(inter-communal dialogue / reconciliation)
○財源(Funding)
国際ドナー会議/調整(international donor conference / coordination)
資源分配(inter-communal resource sharing)

*各構成要素の上段は主に国際社会の主体が主導する役割、下段は主に国際社会の動きに呼応して当該国のガバナンス・システムを再構築するために必要な国内的なプロセスである。


3.出席者からの質問・意見

(1)現在、国際法・国際組織法を研究している。今日の話は、実務や政策の課題という点には触れているが、法的なアプローチも必要ではないか。国際機関やNGOなどで活動していて、日々の活動で法的な問題が発生しているか伺いたい。

(2)国際的な平和構築について、基本的に主権国家は存在するという前提で物事が進んできた。貨幣が偏在するようになってから、主権国家は、人間が生活していくうえでのツールとなった。しかし、現在、様々な平和に関するひずみは、国家があることから出てきている。例えば、実際食料生産をしている人間が食べていけない。存在しないお金が株式に投入される。このようにシステムが破綻している。それにもかかわらず、今の世界システムの枠組みの他の選択肢を考える研究を真剣に進めている人が少ない。アメリカは、テロリストの国であれば、いつでも攻撃できる。国際社会も黙認する。その中で平和構築の話を進めることに疑問を感じる。世界連邦、スイスの直接民主主義。欧州の国際通貨。アフリカ・アジアの通貨なども考えられる。主権国家以外の選択肢についての方向性を考えられるのであれば、是非伺いたい。

(3)本来、平和構築は受益者のニーズに対応するものだ。しかし国レベルでは破綻国家もある中で、平和構築がなされないことが利益になる場合もある。従って、主権国家に対して「保護する責任」を求めることが必要ではないか。国レベルで平和構築を求める枠組みがない中で、どのように国に関与すべきだろうか。

(4)自分は人道支援の立場で仕事をしており、パネリストの方々に近い発想を持っている。しかし、人道支援と平和構築は、同じ方向を向いていることもあれば、矛盾するようなケースもある。具体的には、政治を超えて中立性を維持しながら支援している場合であっても、平和構築の観点からは、選択的に「スポイラー」の能力開発をすべきでないという立場がある。ルワンダの難民キャンプでは、ジェノサイドに加担したような人たちが難民キャンプを牛耳り、それをルワンダ国民が攻撃するような状況もある。この問題について、どう考えるのか。

(5)アカデミックな類型化も必要だが、個別の国・地域毎の支援強化に本腰を入れて取り組むべきではないか。主語は、日本、外務省、NGOなど様々なものがあり得る。また、これは対象によって変わる。東ティモールやカンボジアで日本がやった役割を、ボスニアでは果たすことができないであろう。

(6)個別の具体的支援策を考える中で、対象国の文化的問題には触れざるを得ないのではないか。日本が限られた資源のなかで、より現実的かつ効果的な支援を行う上では、相手に対する理解が不可欠である。

(7)大学で教育している者として、どのような若手を育成してほしいかを尋ねたい。研究者は象牙の塔にいることから、実務では生きない知恵を生産しているように思う。日本発の面白い平和構築の枠を提示するために、知恵をいただきたい。

(8)様々な制度や枠組みに関する複雑な課題を議論する一方で、人々とコミュニティの役割、つまり平和構築のプロセスにおいて、いかに人々やコミュニティのもつ力を生かしていけるかという点を考えたいと思う。星野教授のご指摘どおり、平和構築とは、能動的に、敵・味方、被害者・加害者がコミュニティで共生していくプロセスである。故に、人の顔の見える平和構築でなければならないのではないか。
 先日、南スーダンの反政府郡下にあった村を訪れた時、古い手押しポンプの井戸1基を4千人で使っていたが、人々は安全な水があるということに幸せを感じ、一つの小さな希望を見出していた。避難先のケニアの教育システムを見た男性が、自分の村の子ども達の将来を考えずにいられず、和平合意前に帰還し、学校という場を中心に村おこしを始めたそうだ。まだインフラなどは何もないが、コミュニティが自ら社会の安定に向けてのダイナミズムをつくりだしているような希望が感じられた。
 紛争後の政治的環境、制度づくりは非常に困難で時間・労力・資源を必要とするが、同時に、一般市民が「平和の配当」を享受し、自ら社会の再建プロセスに参加したいという動機・希望を維持できるようにいち早く支援することも忘れてはならない。兵士を武装・動員解除し、小型武器を回収しただけで平和になるわけではない。
 紛争後の基礎的な社会サービスやコミュニティ再建について、観念論・理想論ではなく、具体的な活動戦略、体制、連携、人的資源について議論し、現実的な行動指針・戦略を組み立てていく必要がある。「切れ目のない支援」といっても現場では簡単なことではない。今後、さまざまな分野、立場の人々の間で現実的な議論を深めていくことができればと思う。

(9)NPOの学生ボランティア団体として、インドや北海道など災害救援に参加してきた。学生の立場から質問したい。拉致問題や貧困、紛争、環境、自然災害など、いつ起きてもおかしくない問題にさらされている中で、将来の若者が平和構築のために若者にできること、やらなければならないことは何か。

(10)以前、日本平和構築ネットワークを立ち上げたときに、東京で始まったが、未だ地方への広がりがない。沖縄や広島、大阪、徳島も入り、オールジャパンの活動にしなければならない。東京で完結するのでなく、どのように地方を巻き込んでいくかが大事である。平和構築にはコミュニティ作りが不可欠というが、日本でコミュニティが活発に動いているのは地方である。それを、どのように平和構築支援に活用していくのか。「脱東京」を目指してほしい。

(11)平和構築には、JICA、NGO、政府などいろいろなアクターが関わっているが、各アクターが目指すもの、利益が少しずつ違ってきている。その利益をどのように調整するのか。それが十分にできなければ、日本として平和構築を進める際に、効果的な援助もできず、ツールとしてもいまひとつではないか。また、各アクターの立場の違いはどの程度のものなのか。また、平和構築には資金が必要だ。資金を調達し、運動を盛り上げるためには、明確に国益と結びつける必要がある。この点について、どのように考えるか。

(12)ネットワークを作って学生も関われるようにするのは素晴らしいことだと思う。幅広い日本人が関わり、一緒に活動していくことが大事である。より多くの人が関わることで、日本の方針が安定する。NGOは資金源の問題があるが、いろいろな人が興味を持つことでNGOの活動も安定するのではないか。私の周りにも、平和構築について「こわい」という人がいる。もっと柔らかいことばに翻訳して説明することも重要ではないか。

(13)私は来年度からマスコミで仕事をする予定だが、平和構築という問題について、どのような形で提示すれば、行動に結びつくのか、そして身近に感じられるようになるのか、考えを教えてほしい。


4.パネリスト(発起人)からの総括

(1)(岸守UNHCR副代表)平和構築は、人道支援だけではできない。星野先生から「立体的な平和構築」が必要とのプレゼンテーションがあった。UNHCRができることは、その一部、すなわち水・食糧・教育・衛生・そして希望だ。保護も支援も希望に繋がる。そして、生活実感を与えることができる。難民が帰ってきたときに、ここに住もうという気持ちになる。自分ができることを、狭く謙虚にとらえたい。自分がなにをしたいかは、自分の立ち位置であるUNHCRから考えたい。
 地方キャラバンについて、本日金沢から戻ってきたところである。自分ができることから始め、UNHCRという立場でできることを進めていくうちに、次の機会に対話をつなげたい。

(2)(熊岡JVC代表理事)「国益」について述べたい。(まず、国益の定義が必要であろう。)確かに、日本で生まれ育った人間が海外にいると、日本の特性や文化に目覚めることもある。しかし、様々な現場で、また極限状況で働いていると、自分がどの国の人か、目の前にいる人がどの国に人かということは、問題にならなくなる、そういう心境、状態にはいる。NGO・市民社会団体は、国家の壁、国境の壁を突破するところに、意味と役割があると思う。異なるセクターについて、日本で区切るのか世界で区切るのか、バラバラで動いているように見えるとしたら、問題であるというのは理解できるが、実際にはNGO−政府機関―国連機関は、紛争解決に関し、貧困削減など諸問題に関し、たえず何らかの情報交換、意見交換をしてきている。意思疎通の壁ができ、不十分な場合もあるが。日本は聖徳太子の時代から「和」(harmony)を大切にする国ということになっている。「異なるセクター、みんな仲良く」というのは理解できる。しかし、NGOと政府の間、国連の中、政府の中でも、それぞれお互いに違って当然であり、むしろ異なるからこそ、お互いの改善のための、有効なアドバイス、提案、批判ができる。異なるセクターが、同じ方向を向き、同じことを行わねばならないのなら、改善のための契機を失うし、多様性の刺激、面白さ、ダイナミズムを失うと思う。
 また、人道支援がかえって紛争を長引かせるのではないかとの指摘があったが、その通りの事例もあった。カンボジアでは、国境の難民村(ゲリラの後衛地)への「人道支援」が紛争を長引かせたと思える例があった。NGOは、援助不均衡を直すことを訴え、より早く有効な解決の道を提示した。
 「国益」問題に関して、カンボジア国内には1975年(ポル・ポト政権)以降、日本大使館がなかったが、1991年のパリ和平協定後に国交が回復し、日本大使館が戻った。その間、日本とカンボジアの関係を支えたセクターがあまりなかった。そのような中で小さい存在であったが、自分たちの団体が実体的に二つの国、二つの社会をつないでいた。パリ和平協定(1991年)までの空白の時期に日本のNGOがいたということで、結果的に総体としての「日本」の役に立てたとすれば、それで十分だと思う。国益の定義にもよるが、大きな政府機関などは、それを目指すわけであり、NGO・CSOはあえて、国籍・国境を超えた個人の益、とくに弱い立場におかれる人々の益(「人間の安全保障」)を目指すところに真髄がある。
 学生、アカデミズムの方には、行動本位で考え、学んでほしい。そうでないと意味がない分野である。最後に、カンボジアその他、戦争、内戦がひどい国で働いていて感じたのは、論理的な主張ではないかもしれないが、戦争や内戦、暴力、武力の流れは、(インピュニティ=非処罰の文化も影響して)個人レベルでいうと家庭内暴力、人身売買などへと密接につながっている。いきなり戦争を止める、なくすというと大きすぎるかも知れないが、身近な家庭内暴力を止めたり、人身売買をゆるさない行動も、平和構築であり、平和につながると考えてほしい。

(3)(木山JEN事務局長)民族紛争という場において、区別が差別に変えられてゆく様子をまざまざと見てきた。『日本人』『××人』『△△人』という気軽な言い方の中にも、日頃我々が気づかない区別が潜んでいる。日本で育った人々が特徴的な行動をすることがあるかもしれないが、それは日本で育った別の国籍の人々も持つ特長かもしれない。『オールジャパン』といわれるが、目的が同じである以上、ジャパンにこだわる必要はない。それよりも相互補完的に協調して連携することが大切だと思う。
 ただ、西洋的な価値観で支援を受ける国が再建されようとするとき、日本的もしくはアジア的価値観が加えられることが望ましいと思うことがある。西洋的でない社会、文化の中にもそれぞれのそれなりの秩序があり、西洋的な秩序を持ち込むかについては、個別の対応が大事である。こうしたところに日本として、様々な選択肢を提示することができるだろう。
 また、言い訳だが、現場で働く我々には現場で起きていることを理論的体系的に考える時間的ゆとりが少ないので、研究者には、是非現場の話を能動的に聞いていただき、立体的に考え、体系的な視点で物事を捉える部分をお手伝いいただきたい。

(4)(紀谷国際平和協力室長)学生への要望について、「現場を見ること」と「行動すること」が大事である。教える側は、そういう学生の背中を後押しすることが必要ではないか。
 政府部内での調整については、違いがあるから価値があるのだと思う。各人が自らの所掌について、全体像を見ながら一生懸命に活動するとともに、お互いに意見交換などを通じて刺激し合うことが重要である。そうすれば、信頼を構築していくことができる。

(5)(星野大阪大学教授)まず、研究者としてできることは、目の前の様々な事象を抽象化、一般化することであると考える。例えば、平和構築活動の「立体性」というアイディアを提示すると、これまでとは違った見方を持ち、行動につなげてもらえるのではないかと考える。
 法的な課題という質問について、国際人道法の適用の問題や、紛争後社会における正義などが重要だろう。特に後者は、法の支配を確立する上で不処罰(impunity)の問題にどう取り組むか、難しい。また、戦犯法廷を作ればよいのか。真実和解委員会で対応するのか。もっとも、法はひとつのメルクマールになるが、それだけではすべて解決しないので、政治の問題になることもある。
 スポイラーについて、紛争が続くことにより利益を得る人たちもいる。どういった形で当事者たちを皆巻き込んでいくのかが課題である。
 平和構築にかかわる機関の間の調整が必要との指摘はそのとおりだが、様々な機関が活動していても、ばらばらな活動の中で、どこからも取り残されてしまう人たちがいてはいけないだろう。こうした人々をどのように救うのか。もしかしたらそれこそが重要かなと思った。
 国家に代わる選択肢は、との指摘があったが、今日、国家機能の破綻が多くの問題を生み出していることを考えると、統治のひとつのユニット(単位)としての国家の役割は引き続き重要と考える。しかし、グローバル・ガババナンスの進展も望まれる。他方で、今日の議論の中でも、「コミュニティ」の役割が強調されたのは自然の流れであると思う。国家を見ることも大事だが、人々の生活により密着したところにある「コミュニティ」の視点は大事だ。結局は、「人間の安全保障」も「人々=コミュニティ」に焦点を当てている。

【参考】プログラム・資料

17:30- 平和構築フォーラムについて
・星野俊也(大阪大学大学院国際公共政策研究科教授・日本平和構築ネットワーク代表)[司会兼任]
17:40- パネリスト(発起人)からの問題提起(各10分程度)
・岸守一(国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)駐日事務所副代表)(資料
・熊岡路矢(日本国際ボランティアセンター(JVC)代表理事)(資料
・木山啓子(JEN事務局長)(資料
・紀谷昌彦(外務省総合外交政策局国際平和協力室長)(資料
・星野俊也(資料
(弓削昭子(国連開発計画(UNDP)駐日代表)も発起人ですが、所用のため欠席させていただきました。)
18:30- 意見交換
19:20- 総括
19:30  閉会

(以上)