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国連平和構築委員会(PBC)国別会合の開催

10月12−13日の両日、国連平和構築委員会(PBC)の主要な活動の一つである国別会合が開かれた。会合では、12日はシエラレオネを、13日にはブルンジを、それぞれ取り上げた。

PBCの活動の主な目的は、その設立決議(安保理決議1645及び総会決議A/RES/60/180、いずれも2005年12月20日に採択)の主文2に書かれている。若干長くなるが引用すると、当該国の平和構築と復興のため、(a)関係する全ての主体を集めてリソースを動員し、統合的な戦略について助言や提案をすること、(b)紛争からの復興に必要な再建と制度構築の努力に焦点をあて、持続可能な開発の基礎固めをするための統合戦略の策定を支援すること、(c)国連内外の関連する全ての主体の間の調整を改善し、ベストプラクティスを進め、初期の復興活動への予見可能な資金調達を確保し、紛争後の復興に対する国際社会の関心を長引かせるための勧告と情報を提供すること、である。

紛争後の国家や社会の再建には数多くの「ギャップ」が存在するとよく言われる。停戦合意や和平合意が結ばれたとしても、すぐに持続可能な開発に向けたステップをとれるような状況ではないことから、この時間的なギャップ(言い換えるならば、「移行期」)を埋めるため、治安を回復し、暫定的にでも行政・立法・司法(和解や融和のためのシステムも含む)の制度から経済・社会面での仕組みを作っていく必要がある。また、平和構築と復興に向けた努力を、さまざまな主体がばらばらに行っているだけではやはりギャップは生じかねない。必要な資金が適時的に提供されないというギャップもありえるだろう。そして、国際社会が支援を必要とする現地に目を向けない関心のギャップも指摘できる。PBCは、目的を読み直すとわかるように、当該国における平和構築のプロセスで発生しがちなギャップを埋めるための統合的な戦略作りに向けた助言・提言をするというきわめて野心的なものになっている。

では、こうした統合アプローチをどのように実施するかを考えるなかででてきたものが「国別会合」方式である。この国別会合では、まず関係主体全員が参加することが想定されている。ニューヨークの国連の会議場では、対象国(今回はシエラレオネとブルンジからそれぞれ副大統領と外務大臣が参加。ブルンジ副大統領はテレビ会議で参加)の政府と地元のNGO、現地で活動する国連機関と世銀・IMFの代表などが現場からの視点を提供し、PBCの意思決定機関である組織委員会のメンバー(安全保障理事会、経済社会理事会、PKO要員派遣国、財政貢献国、地理的バランスを補正する総会の各カテゴリーから選出された国の計31カ国)及び和平に特に関与する関係国や地域機関がコメントや質問を投げかける。そして、ここでの議論を通じて@当該国の平和構築プロセスに不可欠な優先課題を見極め、A当該国自体の行動と国際社会の支援のあり方を考える、という二段構えで議論をし、結果は議長サマリーにまとめる、という作業の方式がとられることになった。

10月12日丸一日を使った議論を通じ、シエラレオネについては、来年7月の大統領及び議会選挙を視野に入れ、若年層の能力開発と雇用、民主主義とグッド・ガバナンス強化、司法・治安部門改革、政府の能力強化の四分野が優先課題とされた。翌13日のブルンジ会合では、グッド・ガバナンスの促進、法の支配及び治安部門強化、コミュニティ復興の三分野が同国にとっての優先課題に認定された。次は、できれば12月に第2回の国別会合を開くことを予定しており、今後は作業部会などを通じ、今回の議論で指摘された優先課題に対応するための具体的なステップを検討していく。

PBC組織委員会に財政貢献国のカテゴリーで参加する日本も独自の分析を基に、シエラレオネに関しては法の支配や若年層雇用、農村開発の重視の必要性を提言し、ブルンジには国民融和の促進、制度構築、土地改革の重要性を指摘した。現地のオーナーシップや人間の安全保障(ジェンダーの視点を含む)も強調した。

この10月、PBCは初の国別会合を翌日に控えた11日に平和構築基金(PBF)の立ち上げ式典を行った。平和構築の観点から重要でありながら資金的なギャップが生じているような場合や、初動に必要な資金の提供を目指したもので、総額2億4000万ドル規模の財源を目標にしている。式典までには各国から総額で1億4000万ドルほどが集まった。日本も2000万ドルの拠出をしている。

最近、ニューヨークでは、国連のなかに平和構築委員会(PBC)と同委員会を支援する事務方の平和構築支援事務所(PBSO)が設立され、さらに平和構築基金(PBF)も発足したことから「平和構築アーキテクチャー」が出来たといわれるようになっている。私は、これに対し、本部サイドで体制が作られたことは歓迎すべきだが、対象となる現地の国のサイドにも「平和構築アーキテクチャー」が作られることも重要だ、とよく関係者には指摘している。PBCの国別会合を通じてニューヨーク・サイドで処方箋が作られても、現地に受け皿となる体制(アーキテクチャー)がなければ、これまでと実態は変わらなくなってしまう。現地では、政府と国連カントリー・チームと世銀・IMF、地元NGO、ドナー諸国、関係地域機関などがどう連携できるかが鍵になる。シエラレオネ、ブルンジの両国については国連PKOの後に予算上は特別政治ミッションにあたる「国連統合事務所」が設置された(シエラレオネは昨年から動いているが、ブルンジは来年1月1日から活動開始予定)ので、ここがPBSOとしっかりと連携をとりあえるフォーカル・ポイントとしての役割を現地で確立していくことが期待される。

ところで、米同時テロ事件以降の新たな脅威に対応する必要や、国連創設60周年の改革論議のなかから大きな期待を背負って立ち上げられたPBCだが、昨年12月の設立決議採択から半年間余りはメンバー構成や内規作りといった「組織論」ばかりに時間をとられ、多くをやきもきさせていた。ようやく組織委員会の31カ国が固まり、議長国にアンゴラが選出され、初年度はシエラレオネとブルンジを対象に10月には国別会合を開く、とここまで決まったのが7月。しかし、その後もなかなか動きが見えてこない。9月は国連総会の新会期が始まり、本国から要人が続々とやってくる一般討論演説などもあったので、各国の動きが鈍ったこともあるが、ノルウェーや英国、日本など「やきもき組」は、機会を見ては有志国(Like-minded)の集まりを重ね、他を引っ張って少しでも準備を前進させる努力をした。

10月には組織委員会公式会合(9日)のほか、前述の平和構築基金の創設(11日)、そして国別会合の本番、と日程が目白押しなのに当日参加するNGOや機関ドナーの範囲など明確な合意は得られそうにない。シエラレオネ会合は、議長もどこが担当するか直前まで決まらない状態だった。組織委員会メンバー以外の国や機関の参加やNGOの参加方式について手続き的にはほとんど決まっていなかった。そうしたなか、初回の方式は必ずしも将来の前例とはしないとの共通理解で国別会合に滑り込むという状況だった。

だが、いざ国別会合が始まると、議論はきわめて建設的で有益だった。

10月12日の議論に参加したシエラレオネのベレワ副大統領は、最後に「本日の会合にお集まり下さった皆様にお礼を申し上げます。国際社会が我が国のために示してくれた善意を私はこの目にしました」と謝辞を述べた。翌13日のブルンジに関する会合もやはり朝10時すぎから始め、閉会は米東部時間の午後5時40分。本国からテレビ画面を通じて終日会合に加わったンドゥイマナ第一大統領も国連本部の会議場の我々に何度も謝意を述べていたが、現地時間では午後11時40分のはずだ。それぞれ自国のことなので真剣であって当然だが、当事国の代表とNGOと国際社会の間で認識の一致を目指す重要性は改めて実感した。「国際社会」の側の我々も、この二カ国の平和構築を手助けするため、二日にわたり誠心誠意、討議した。

もちろん、平和構築は当事国が「その気」になってはじめて動き出すものだ。平和構築の支援は、普通の経済援助の枠組みとは違うことも理解されなければならない。支援する側も当事国の要望を鵜呑みにするだけではいけない。あくまでも「紛争への後戻りを防ぐ、持続的な平和の構造を構築する」という観点から既存の枠組みで手当てできていない部分をどうやってカバーするかを常に考えておく必要がある。一つの対話を終えた両国首脳の謝辞が、本国での平和構築に向けて「その気になった」証であると期待したい。

(星野俊也)